こんばんは。ヨシヒコです。
小さい頃から「神棚にある鏡」の意味をしらなかったけど、神様って自分の中にあるものなんですよね。
あの鏡に映し出されるものが神様。
覗いて見えるのは間違いなく自分の顔です。
自分が笑っていたら相手も笑ってくれる。
機嫌が悪ければ相手を不快にしてしまう。
すべてはミラーリングです。
「類は友を呼ぶ」も同じような意味だなと個人的には感じています。
だから、自分が仲良くなりたい人や一緒に過ごしたい人に、自分自身がならないとダメなんだよね。
分かっちゃいるけど・・・。
僕も不器用な生き方してるから、反省することばかりです。
まぁ、一昔前に比べたらガツガツは無くなったかな???
って自分では思っているけど、そればかりは他人が評価するものですからね。
だからといって、他人にとって都合のいい人を演じる必要はありませんね。
自分自信が幸せに楽しく生活すること。
それによって自然と同じような仲間が集ってくる。
もし、理想としない仲間と過ごす時間に苦痛を感じているなら、無理して合わせる必要はない。
自分が嫌いな人と同じように染まってしまうからね。
人の悪口ばかり言ってる人もそうだし、職場の飲み会で上司の悪口とかね。
な〜んも解決しないどころか、後々トラブルの原因になったりするから、百害あって一利なし。
逆に居心地が悪いと思っても、自分を変えたい思いがあるなら積極的に環境を変えるという選択肢もあるけど。
居心地の良さに甘えてしまうと、成長も止まるという考え方もあるからね。
いずれにしても、自分が求めている人に自分がなるというのがとても重要なこと。
なんでも周囲に期待するようになると行動しなくなるし、依存度が高まってしまうと人は文句を言うようになる。
すべての選択は自分。
楽しませることや幸せにすることなど、関係を保てたら最高ですね。
奪うじゃなくて与える!
小さい頃から気づいていたら、もっと違った人生だったんだろうな〜
育った環境によって大きく左右される教育です。
小さなことでもポジティブに向かうことは積み重ねる。
これからの人生をより豊かにするために、「心」の成長を止めないようにしたいと思います。