どうも、ヨシヒコです。
学校教育で重要視されているIQやテストの点を上げるための学習は、基本的に覚えることが主体になりますよね?
おそらく、多くの人が経験してきたこと。
でも、これからの時代は、想像から創造するための知能を向上させる学びが必要になってきてるなと。。。
今までは、人から情報を得ることが主だったので、情報伝達のスピードも世の中の変化も遅く、周りに同調することで生活は成り立ってきた。
でも今はどうか???
インターネットによって情報のスピードが格段に速くなり、今までの固定観念で、人から得る情報だけでは時代の変化についていけない。
テレビを観なくても新聞を読まなくても、スマホひとつでいくらでも情報にアクセスできる。
旬な情報は、ネット上でいくらでも配信されているので、ニュースアプリはとても便利だし、この変化はこれからも続く。
過去と同じ情報取得手段にこだわっていては、取り残されてしまう恐れさえある。
社会の仕組みが変わったから当然のことなんだけど、以前のように、良い大学を出て良い会社に勤めるという考え方は、今の時代に当てはまらない。
現に、就職先として多くの人に注目されていた企業が、時代の変化についていけず、経営困難に追い込まれているところもあるくらい。
組織が大きくなればなるほど、情報伝達は遅くなる傾向があるので、気が付いた時には手遅れな状態だったりする。
最近の東芝の問題なんかは、東芝本社の問題ではなく、原発に関わるグループ企業の大きな損失が経営難に追い込んだり、バブル崩壊後の北海道拓殖銀も上層部が気づかないうちに損失が膨らんでいたとか。
これからは、企業もレスポンスを求めて組織を小さく、利益は大きくという考え方になっていくはず。
人工知能やブロックチェーンなどの技術が進歩していけば、人の数よりも質を重視するようになる。
そうなれば、ただ給料が高いだけの生産性の無い人は真っ先にリストラの対象になっていくだろうし、逆に力を入れたい部門のスキルを持つ人間が重宝されていくはず。
だから年齢問わず、能力が高い個人が活躍できる世の中に変化してるのだと思う。
年齢や学歴だけでは生きていけない・・・
そんな時代を迎えつつある。
給料が高いといわれる企業に就職したり、高度な資格を取得しなくても、インターネットを活用し、個人でも若者でも、経済的な豊かさを得てる人はいる。
そんなの今だけ!!
そう思う人もいるだろうけど時代の流れだから、これを受け入れるか受け入れないかは大きな差だと思う。
例を出すと、
「インターネット通販は怪しい!」
とか
「クレジットカードは危ない!」
とか言ってた時代と同じね。
今じゃ国までがキャッシュレスを推進してるくらいです。
クレジットカードどころか、スマホも使いづらいとか文句を言いながら、今じゃ便利だと言いながら年輩の方も使ってる。
しかもキャッシュレス決済にスマホは欠かせないしね。
その進化や変化に対応するためには、学校の授業で点数を取る学力とはちょっと違う知能が求められてるんじゃないかな。
知能は学校で評価される覚える能力ではなく、学びを通して何かを生み出していく能力だったりスキルなので、身につける方法はある。
現在の学校教育は理屈なしに「覚えなさい」というスタイルなので、著名な人の名前や出来事を暗記することを教える。
その人が残した偉業も教えてくれる。
でもだ、その偉業が、どのようにして導かれたのかを教えてくれない。
物語、いわゆるストーリー、プロセスを教えてくれないよね。
それを教えてくれるなら、教えられた方も
「自分ならこうするかな?」
「どうしたら自分にできるかな?」
などと思考を働かせることができるんだけど、ただ覚えろ!
これじゃあね・・・。
まさしく、想像と創造。
発明や思いつきが世の中に貢献できることなのに、
「どうすればできるか?」
を教えるよりも、ただ過去の事実を教える内容が今の教育スタイルなんだよね。
数十年前には想像できなかった今の社会も、誰かの発見や発明によって作られているのに、天才と言われるガリレオ、ニュートン、ダーウィン、ライト兄弟、ヘンリーフォードなどなど名前は聞いたことがあっても、自分の考え方に取り入れるような学びを学校は教えてくれない。
ソフトバンクの孫さんや堀江貴文さんなど、あげたらキリがない著名な方々の考え方や成功事例を教育の中に入れて欲しいと個人的には思う。
人間の脳は恐怖を感じると、IQも知能も低下すると言われているのに、大人や社会は点数を取らなければ幸せに生きることができないように導いている。
そして子供も、点数を取れないことは不幸だと思ってる(笑)
とは言っても、小学生で習う算数は絶対に覚えるべきだって持論はあるんだけど・・・
子供達にとって無意味な恐怖をなくすことができれば、日本社会は今よりずっと良くなっていくはずなので、大きな損失だなと思う。
高度経済成長の時は、ルールを守る人間づくりで成功を収めた日本だけど、これからのグローバル社会で生き抜いていくためには、ライフスタイルの変化を受け入れながら、働き方改革も避けては通れない。
以前は知らないことを調べるために図書館に出向いたり、専門に学んでいる人に聞いたりして時間がかかっていたけど、今はGoogleやYahooで検索するだけで膨大な情報に簡単にアクセスすることができる。
この時代変化を有効的に使うためには、暗記よりも知能を向上させる学習、体験学習を与えられる環境づくりが欠かせない。
今までの考え方に枠組みを持たず、それぞれを融合させて新しいものを作り出す。
学校での優劣をつける評価は刷り込み教育の一つであり、ひとつの基準にすぎない。
スキルを磨き、そして価値を生み出していけるかが教育に求められている今、小さい頃からいろんな角度で物事を捉え、感じ取る能力を育てながら、変化と融合によって、新しい形を変えたものを創り出していくことなんだよなと思う。
ネガティブな事柄は解決しても再度起こるけど、欲望や理想を現実化するためのポジティブなアイデアは今ある問題を解決できる。
細い人がいきなりマッチョな体型になりたいと思っても、身体的な変化は時間がかかる。
それに対して、固定概念などの脳内変化は一瞬で変えられます。
今までの風習にとらわれることなく、必要なものは次のステージに持っていき、不必要なものは捨てていくといった考え方を持たないと、進化は期待できないし新しいことを考えようとしなくなる。
テクノロジーが進んでいるのに、時間を無駄にした方法を選んでる人が結構たくさんいるんですよね。
慣れ親しんだ常識から出るのは恐怖だと感じるかもしれないけど、それがあるから新しいことを知ることができる。
「百聞は一見に如かず」
は誰でも聞いたことがあることわざです。
目を使って見ているというより脳が見ていると捉えるのが正しい。
だから、聞いたことも見たことも判断しているのは実は自分の脳内。
だから、解釈の仕方が決まっているとも言われています。
100回聞こうが、1回見ようが、解釈に変わりはないという人もいるってことです。
普段当たり前にやっていることや慣れ親しんだことには、ルーティーンの力が強く働いているので想像力が弱くなります。
人間は楽をしたい生き物なので、流されている方が楽なんですよね。
でも、そういった楽な部分や習慣こそ、おかしなことが隠されていたりする。
学校教育も同じことが言えると思います。
教科を分ける考え方や一時間で教科を区切って教えることが当然のようにやっているけど、別に1日に1教科だって何も問題ない。
復習だって、それの方が楽では???
さらに言えば、現実社会に落とし込んだ学び方のほうが、本当の教育になる。
学校教育は教科をそれぞれ分けて教えているけど、分離して教えるより融合して考えることを教えるべきだと思う。
求められている能力ってそういうものだと思う。
人間の脳は忘れるようにできているけど、行動・経験・知識の多さは、それだけアイデアに必要な融合の材料が自然と増える。
まして、学習で培ったコト・モノは誰にも奪われたり壊されたりすることがない。
義務教育で学んだレベルは、生活するための土台。
高校の授業が今の生活に生かされてるか?
って考えると、あまり・・・。
その土台の上に、多くの経験と体験を積み重ねることが学びであり、人生を豊かにするためには必要なことだろなって思います。
自分が今、子供ならどうか?
自分は子供から見て格好良く見えているだろうか?
そんなことを考えると、死んだ顔してる人もいれば、挨拶もボソボソ。
酒が入ると愚痴ばかり。他人への口撃や攻撃。
他人に迷惑をかける自己中心的な人・・・
辛そうに仕事してる姿を見せて
「俺は頑張ってる!」
って言ったって、他人からしたら
「だから何?」
って時代ですよね。
その仕事を選んでるのも「自分」な訳で、誰もお願いしてるわけではないんですよね。
選択は全て自分!!
活発に行動しながら楽しそうに充実した日々を送ってる姿を、子供達に見せてる大人は格好良いって個人的には思います。
「レールに乗っからないで良いんだよ!」
「他人と違って良いじゃない!」
そう子供達には伝えていきたいので、僕は過去に刷り込まれた常識は捨ててます(笑)